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聖地サールナートで思う仏陀の生涯

2010/01/20 21:38

 

 

ヴァラナシから車で30分、サールナートに着きました。ここは、仏教の四大聖地の一つです。四大聖地とは、釈迦が生まれ29歳までを王子として過ごしたルンビニ(今はネパール領内です)、仏陀が35歳で覚りを開いたブッダガヤー、同じ年に仏陀が5人の弟子に初めて説法をしたサールナート(鹿野)、それと、仏陀が沙羅双樹のもと80歳の生涯を終えたクシナガラです。

王宮を出て6年間難行苦行を重ねたのちに、スジャータという娘から貰った乳粥を食し、再び坐して菩提樹のもとで覚りを開いた仏陀は、ここサールナートに来て、昔の修行仲間から驚きの目で迎えられます。修行の途中で乳粥を飲んだ落後者と噂に聞いていた彼が、既に覚者であるとはっきり分かったからです。5人の修行仲間は、躊躇なく仏陀の最初の弟子となって説法を聞きました。

紀元前3世紀に、アショカ王はこの地を訪れて、ストゥーパ(仏舎利塔)や寺院や塔を造りました。7世紀には数百の寺院や塔が建ち、1,000人以上の僧がここで学んでいたといいます。しかし、13世紀に入るとイスラム軍団の破壊に遭って廃墟と化し、仏僧たちは追われて、ネパールやチベット、あるいはスリランカへと移り住まねばなりませんでした。

この地には、いま、初説法の像と「ダメーク・ストゥーパ」と瞑想の広場と「ムルガッタクチ寺院」が残っています。13世紀に国外に追われた僧たちのはるか後の弟子たちが、いま世界各地から帰参し仏陀に感謝の祈りを捧げている姿を見て、私は改めて仏陀の偉大さを思いました。

 

 

 

 

 

 

寺院の中に入ると金色の「転法輪印仏像」が正面に安置され、三方の壁には、日本人画家の野生司香雪(のうすこうせつ)が1936年に仏陀の一生を描いた美しいフレスコ画が壁画となっていて、金色の仏像と不思議なまでに調和しています。

ここでは、壁画の中からスジャータが乳粥を捧げる図をご紹介します。苦行を終えて菩提樹下に坐す仏陀はひどく痩せていますね。この時から80歳で亡くなるまでの45年間、仏陀は弟子たちとともにインド各地を歩き、どのような身分の人にも分け隔てなく正しい生き方を示し続けたのでした。

 

 

 

 

 

カテゴリ: 世界から  > アジア・太平洋    フォルダ: インド一見

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コメント(4)

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2010/01/20 23:30

Commented by Kawai工房 さん

 良いところに行ってられますねえ。私は25年前に行ったきり、大好きなインドが近代化された姿を見たくないので、それ以来怖くていってません。
 インドはカオス、そんなことはないですよ。カオスに見えるのはその国なりの社会秩序が分かってないからで、インドのカースト制やら近代的設備の運用方法などを理解すれば、割と単純だったりしますから。私の経験だと、インド文学の話(カルカッタ出身者とタゴールの話)をしたときはバラモン階層として深く尊敬され、切り折り紙をやって見せたら職人階級として下に見られました。どっちにせよ外国人はアウトカースト、よく見られたかったらイギリス紳士風にするのが一番受けがいいかもしれません。下手に親切にすると、たとえば床に落ちたものを拾ってあげたりすれば掃除夫のカーストと見られかねない。そういう緊張感が私は大好きなんですが、、。
 
 ところでたまたま一緒になった日本人旅行者ですが、お寺で布施を求められて5千円出したら、莫大な寄進にふさわしい壮麗な潅頂(かんじょう)の儀式を延々と受けてきたとのこと。彼は途上国を歩くセンスのないビジターでしたが、私よりも楽しい体験をしたみたいです。

 
 

2010/01/21 00:20

Commented by 虎頭玄純 さん

To Kawai工房さん

コメント有難うございました。また、300,000ヒット達成おめでとうございます。だけど、一つだけ惜しかったのは、今日の貴ブログの表題が「30,000ヒット」になっていて一桁少なかったことでした。Kawai工房さんは、奥ゆかしいですね。
インドのカースト制は、分かっていたつもりでも、実際にその場に臨むと酷いものと感じます。ガンジスで洗濯している人やトイレ掃除の人は、カーストのまた下の不可触民でしょうか。不可触民出身のアンベートカル博士のことを、五木寛之の『仏教への旅(インド編)』で読んで驚きました。彼は1947年に法務大臣となり、憲法で差別を禁止したのですが、それでは効果が薄いので、自ら仏教に改宗して、仏教への改宗大集会を開いたら、不可触民中心に50万人もの人々が集まったそうですね。いつの世にも凄い人がいるものです。その後を、日本人の佐々井秀嶺さんが継いでいることも、本当にすごいです。

 
 

2010/01/21 13:45

Commented by Kawai工房 さん

 お祝いのお言葉、ありがとうございます。奥ゆかしすぎるのは良くないのでご指摘どおり300,000ヒットになおしました。重ねてありがとうございます。
 私の場合、二回の旅行でネパールに40日、インドに2週間いただけでしたが面白い国でした。青年期の私としては自分が常識と思い込んでいる世界の外側に行ってみたい、その思いでの一人旅でしたので、カーストに対してもそういう考えもあるのか勉強になるなあ、そんな思いでした。もともとカーストは進入したアーリア民族が被征服民と融和して出来たもの(らしい)、殺されなかっただけ非征服民は良かったともいえます。旧約聖書によればユダヤ人は神の名の下に敵部族を皆殺しにしている。歴史に学べば勝ち負けとはそういうもんなんですよね。
 ところでインドの大統領を調べるとわかりますが、ムスリムに不可触民に哲学者に技術者にと多彩です。政治的には不可触民が強いんですよね(アンベドゥーカル氏以来の伝統でしょう)、なんせ上位カーストは数が少ないですから(精確な統計は見つけたことがありませんが)。しっかりした民主主義の根付いた国ですし、理屈っぽい話が大好きな国民性ですから(たとへ屁理屈であろうと聞き入ってくれるのが面白い)、ご旅行楽しんでください。ではお邪魔しました。

 
 

2010/01/23 09:21

Commented by 虎頭玄純 さん

To Kawai工房さん

> ご旅行楽しんでください。

実は、10日程前に帰国したいるんです。インドで日記を書いていましたら、それを見ながらボチボチとブログ化しています。

 
 
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