ヴァラナシから車で30分、サールナートに着きました。ここは、仏教の四大聖地の一つです。四大聖地とは、釈迦が生まれ29歳までを王子として過ごしたルンビニ(今はネパール領内です)、仏陀が35歳で覚りを開いたブッダガヤー、同じ年に仏陀が5人の弟子に初めて説法をしたサールナート(鹿野園)、それと、仏陀が沙羅双樹のもと80歳の生涯を終えたクシナガラです。
王宮を出て6年間難行苦行を重ねたのちに、スジャータという娘から貰った乳粥を食し、再び坐して菩提樹のもとで覚りを開いた仏陀は、ここサールナートに来て、昔の修行仲間から驚きの目で迎えられます。修行の途中で乳粥を飲んだ落後者と噂に聞いていた彼が、既に覚者であるとはっきり分かったからです。5人の修行仲間は、躊躇なく仏陀の最初の弟子となって説法を聞きました。
紀元前3世紀に、アショカ王はこの地を訪れて、ストゥーパ(仏舎利塔)や寺院や塔を造りました。7世紀には数百の寺院や塔が建ち、1,000人以上の僧がここで学んでいたといいます。しかし、13世紀に入るとイスラム軍団の破壊に遭って廃墟と化し、仏僧たちは追われて、ネパールやチベット、あるいはスリランカへと移り住まねばなりませんでした。
この地には、いま、初説法の像と「ダメーク・ストゥーパ」と瞑想の広場と「ムルガッタクチ寺院」が残っています。13世紀に国外に追われた僧たちのはるか後の弟子たちが、いま世界各地から帰参し仏陀に感謝の祈りを捧げている姿を見て、私は改めて仏陀の偉大さを思いました。



寺院の中に入ると金色の「転法輪印仏像」が正面に安置され、三方の壁には、日本人画家の野生司香雪(のうすこうせつ)が1936年に仏陀の一生を描いた美しいフレスコ画が壁画となっていて、金色の仏像と不思議なまでに調和しています。
ここでは、壁画の中からスジャータが乳粥を捧げる図をご紹介します。苦行を終えて菩提樹下に坐す仏陀はひどく痩せていますね。この時から80歳で亡くなるまでの45年間、仏陀は弟子たちとともにインド各地を歩き、どのような身分の人にも分け隔てなく正しい生き方を示し続けたのでした。



by 虎頭玄純
巧言令色少なし仁